Higemushokuカナダ留学日記

Higemushokuカナダ留学日記

1987年生まれ夫婦のカナダ移住計画

世界一周もどきの思い出シリーズ(タイ・熊本のラッパー編)

トゥクトゥク

夕暮れに叱られた事

スコータイを発つ日、宿からバス停(チェンマイ行き)への移動にトゥクトゥクを使った。寝坊して時間がギリギリだったからだ。たまたま捕まえたトゥクトゥクの運転手のおじさんが、小さい子供を連れて働いていたので、移動中、客席にいたおっさんJr.と戯れて遊んだ。到着してさっさと料金を払い、急いでチケット売り場に行こうとすると、運転手のおじさんが僕の肩を叩いた。振り向くと「もっと金くれ!もっと!!」と、子供を指さしながら訴えてきた。実は僕はこの時がおそらく人生初のトゥクトゥクで、いまいちシステムを理解していなかった。なので、「よくわからんけど、おじさんも子育てとか大変なんだな。」と、典型的な上から目線のダメダメ日本人モード全開で、心付け程度の小銭をおじさんに渡した。すると、味をしめたおっさんは案の定「もっとだ!!」という雰囲気で僕に詰め寄ってきた。僕は「よく見ると萩原流行っぽいオシャレなハットを被っているな。」と思いながらあたふたしていると、それに気づいた夕暮れが「なにしてんの、はやく行くぞ!」と僕を引っ張って助けてくれた。

これがおっさんのヤリクチ

出発時間ぎりぎりだった僕たちは猛ダッシュでチケットを購入し、どうにかバスに乗ることができた。一段落ついてふと隣を見ると、どうやら夕暮れがプンスカしている。僕は「どうせまたオモしろくない話を聞かされるだろうから、無視しようかな。」と思っていたが、うっかり「どうしたの?」と聞いてしまった。やはり夕暮れは怒っていた。そう、先ほどのトゥクトゥクおじさんの件だ。夕暮れは、「あいつらはな、こっちが隙を見せたらつけこんでくるから、ああゆうのはキッチリ断らないと!」と何故か僕に説教をし、旅慣れている感を全面に漂わせてきた。聞けば、夕暮れは僕と出会う前にタイ南部で置き引きに遭って、結構な金額を取られたらしく、海外では「人を簡単に信用しない事、動揺した様子を相手に見せない事」が大切なのだと僕に教えてくれた。ただ、思い出して欲しい。日付が前後しているが、前回の記事で書いたとおり、僕達はこの事件の翌日に、チェンマイでマフィア風のおっさん達に5,000バーツも取られることになる。それはもうあっさりと。破廉恥タッチと引き換えに。

夕暮れとの別れ

前回記事の翌日の朝、僕たちに別れの時がきた。夕暮れはバンコクへ戻ることになり、僕は首長族の街「メーホーンソン」に向かうことにした。チェンマイでは、同じ部屋(1泊300バーツ)に泊まっていたが、バスの出発時間が違っていたので、僕が先に宿を出ることになった。僕は「出会いがあれば、当然別れもあって、何だかますますバックパッカーっぽくて、かっこいいな自分」と、別れを惜しんでいた。ラッパー風の別れの挨拶を交わし、1人でフロントへ行き、1人分(150バーツ)の宿代を払ってチェンマイを後にした。これが夕暮れを見た最後の時だった。

SNSでのメッセージ

日本に帰ってきてからの話になるが、夕暮れからSNSでメッセージが来ていた。「お前、チェンマイで宿代払わずに出ていっただろ?俺が2人分(300バーツ)払っといたからな!」と。残念ながら僕は確実に支払った。彼は、、、宿のおじさんにすんなり騙されていた。あの日のバスでの説教が、今でも僕の教訓となっている。人の振り見て我が振り直せ。というやつ。思い出をありがとう、夕暮れ。

次回予告、「首長族の言語を習得しようとする謎の男」

今回はここまで。全く関係ないが、夕暮れは「日本語を大切にするラッパー」を目指しているそうで、ライブをする事を「土俵にあがる」、季節ごとに「秋場所」「春場所」などと表現していた。だからサンセットではなく「夕暮れ」らしい。今頃は熊本で横綱に昇進できているだろうか。

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